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ハノイのはちへお。

from Hanoi, Vietnam

美食の県・新潟の旅~白根の大だこ編

タコの話をしようかと思います。タコ。hachiheoだす。

 

へえ新潟ってタコも美味しいの?と思われたかもしれませんが、すみません、タコはタコでも、空に上がる方です。凧の話をいたします。

 

新潟県は1年を通じて大小さまざまなお祭りが、これでもかこれでもかと開催されているのですが、6月の初めに開催される大規模な祭りが、「白根大凧合戦」です。毎年6月の第1木曜から翌週の月曜日まで開催されます。

白根は新潟市南区の中の1地区で、信濃川の支流・中ノ口川の東側にあります。この白根地区と、川向こうの味方地区(旧・味方村)とで開催されるのが、「白根大凧合戦」。白根側が東軍、味方川が西軍となり、川を挟んで両者が互いに凧を揚げ、戦うのです。

そもそもの始まりは、江戸中期に東白根の若者が、殿様より拝領した凧を揚げたところ、西白根側(味方村の歴史は明治に入ってからであり、当時はまだ味方と呼ばれていなかった)に落ち、家屋に傷をつけてしまった(畑を荒らした、とも)ため、怒った西白根側が、落ちた凧より大きなものを揚げ、東白根に落としてやった…というエピソード。

現在の合戦は、さすがにそんな落としあいではなく、まずは東軍が先に凧を揚げ、西軍があとから凧を揚げて、川面近くにいる東軍の凧に挑みかかります。東軍の凧は西側に、西軍の凧は東側に揚がるよう、工夫がされているのだとか。また東軍の、この低い位置で西軍の凧を待つっていうのがものすごく技術がいるらしい。そして両者の綱が絡み合い、川に落ちたところで綱引きの始まり。先に相手の綱を切ることができた方が勝ち。喧嘩凧とも違う、独特の合戦ルールですね。ちなみに観客席の上に凧が落ちたら失格。

この揚げた凧をわざわざ川に落とすのが外国人観光客には理解できないらしく、川に落ちたところを何とも言えない表情で見つめる欧米人を見たことがある、とたしか夫が言っていました。言ってた気がする。そりゃね、普通凧合戦って言ったら、高さ競うんだって思うよね…川に落としてボロボロにするとか、もったいないよね…。

 

まあひとまず文章による説明は置いておいて、凧がどんなものかお見せしたいと思います。

 

どーん!

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どやあっ、このデカさ!!!!

 

…なんてね、これが大空を舞うわけではないです。

これは「しろね大凧と歴史の館」の駐車場にある看板です。

「しろね大凧と歴史の館」は白根大凧合戦に使われる大凧をはじめ、世界各国の凧を約700点も展示している、「世界最大規模の凧の博物館」とのこと。大凧の歴史とともに、白根の歴史についても学べます。

 

館内に入ると吹き抜けに凧がズラリ。

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実際に揚げられるものと同じ凧も並んでいるんですが、私の手持ちのレンズでは入りきらなかった…。広角欲しいわね!

合戦用の大凧は、縦7m、横5m。実に畳24畳分の大きさです。東軍6組、西軍7組がそれぞれの絵柄を持っています。絵については後述。

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東軍・西軍各組の法被もズラリ。

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こちらは凧の綱。これ全部手作りです。各組それぞれ綱のより方が違うそう。長さ130m、直径2.5㎝の綱を、1人の人間が数か月かけて作り上げます。また、凧といえば竹に和紙を貼って作られるのですが、その竹の骨組みも組によってちょっと違うんだとか。

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さて、各組の凧を見ていきましょー。

東軍6組、西軍7組。まず西軍7組から。右から達磨組(達磨)、北若組(味方村の一番北にあった組)、弁慶組(歌舞伎の演目『勧進帳』の弁慶)、中蝶組(中組町のもの)。

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続いて、写真右側から、日吉丸組(人物は太閤秀吉)、一心太助組(一心太助)、謙信組(上杉謙信)。ここから東軍6組で、大高組(東軍・赤穂四十七士の一人、大高源吾)、本新蝶組(東軍・元能登村が白根市と合併した際、本新町となった)、桜蝶組(桜町のもの)。

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そして右から、五郎組(曽我の五郎)、鯛町組(鯛)、役者組(石川五右衛門)。もも太郎は何だ?アイスかな?

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※桃太郎組は、かつて某企業が有志と共に凧をあげていた組で、長く休止中になっている組。2011年に一度だけ復活した。

 

そして日本および世界の凧に関する展示はこんな感じ。

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再び吹き抜け。写真の中で制作が進んでいるのは、巻凧という6角凧で、大きさは縦2.8m、横2.2m。東西各組複数の凧を揚げるのですが、大凧・巻凧ともに、広告やご祝儀の意味合いがありまして、スポンサーの名前や、結婚・出産・誕生日等のお祝いのメッセージが書かれます。

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館内では凧を手作りしたり、凧上げ体験コーナーで実際に凧を揚げることができます。また、ミニシアターもあり、大凧合戦の歴史や、凧の制作風景、実際の合戦の模様などを映像で知ることができます。同じものがyoutubeにあがっていたので、載せておきますねー。ぜひご覧あれ。

www.youtube.com

 

 ◆しろね大凧と歴史の館◆

Add: 新潟市南区上下諏訪木1770-1 

Tel: 025-372-0314 

Open: 9:00~17:00、第2・第4水曜定休(祝日の場合は翌日休み)/年末年始休み

 

 

実際に大凧合戦を見に行ってまいりました。今回の新潟帰郷、メインイベントはこの大凧合戦。ドキドキしながら中ノ口川へ。この日は大凧合戦1日目。

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川に大凧を運ぶ人たち。

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北若組が揚げるところ。怒号を上げながら走る走る。

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北若組は凧を揚げるのがうまい組らしいのですが、このときは風が悪く、 すぐに川に落ちてしまいました。大凧を揚げるには風の方向がとても重要で、川下から川上に向かって北風(しもかぜ)が吹かなければ、凧の綱同士を絡ませることができないのです。この日は実はほぼ無風だった。

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弁慶組。こちらはうまく上がっていたけど、やはり風がなく、川へ。

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大凧の合戦は無理でも、巻凧の合戦は何度かありました。凧合戦は最終的には綱引きの状態になるため、川の土手から住宅街の通りに向かって作られた足場を皆が駆け下り、それこそ町の人間みんなで力いっぱい引くのです。これがその足場。 

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巻凧が揚がっている間、後方でひたすら綱を支える青年。

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川に落ちた凧は、和紙こそ再利用できないものの、竹の骨組みや綱に関しては乾かして、また使います。綱を新調した組が勝つと、「なーに、あそこは今年新しいの使ったやろ、だからよー」なんて言われるらしい。

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ところで数年前、どうしても北風が吹かず、合戦ができなかった年があったそうです。よりにもよって日曜日に。観光客が大勢集まる日曜日に。凧を見にわざわざ遠方からやってきた人も多いのに申し訳ないと、その日、合戦こそできないものの、凧だけ揚げたんだとか。たしか東側で東軍も西軍も揚げたんだったかな。やさしい世界ですね。

実は、この日まさにそのサービスデーだったらしいのです。夫に言われて気づいたのですが、確かに私たちのいた側からどんどん凧が揚がるのに、対岸からはひとつも揚がってこなかった。そもそも西軍の凧だけがどんどん揚がるのがおかしいわけですよね、本来であれば東軍から先に揚げるんだから。ううーん残念。翌日に期待。

 

 

合戦2日目。いきなり衝撃の光景が。

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この家のおばちゃん、怒ってたな…。

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やっぱりこの日も風が悪かったんですよね。この日は東と西に分かれて、それぞれ凧を揚げてはいたものの、合戦には至らず。

 

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この女性は巻凧の組の人。巻凧もやはり東軍と西軍に分かれています。

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途中、巻凧の綱が大凧の綱に絡まり、結果、大凧が落ちてしまうというハプニングが。「ああー…やっちゃったなーアレあとで怒られっぞー」というヒソヒソ声が周囲で囁かれます。もちろん怒られるのは巻凧の方。

 

桜蝶と謙信。これは合戦まで行くかと思ったんだけど、やっぱり風が悪く、合戦には至らず。

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ここで時間切れ。この日は東京に戻る日だったので、長居はできませんでした。

 

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私たちの行ったのが木曜と金曜で、とにかく風が悪かったんですが、日曜日がものすごくいい風が吹いたそうで、ホワイトボードに戦績が書ききれないほどの合戦が行われたそうです。ああー見たかったなー。

 

今年の合戦の模様の動画もありましたので、貼っておきます。

www.youtube.com

 

今度は自分の目で直に見て、自分の耳で綱の切れる音を聞きたいなと思います。

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参考:

新潟市南区観光協会 白根大凧合戦ホームページ

http://www.shironekankou.jp/tako/index.html