ある軍人の死。
写真はLieu Giai-Nguyen Chi Thanh通りの立体交差。昨日開通したそうで。
さて立体交差なんか全然関係ないんですが、現在のハノイ、いやベトナムにおけるホットワード(?)といえば、ヴォー・グエン・ザップ。
Võ Nguyên Giáp(ヴォー・グエン・ザップ)は1911年、クアンビンで生まれた軍人であり、政治家。最終階級は大将です。軍事に非常に長けた人物で、1940年にかのホー・チ・ミンと出会い、以後彼の側近の1人としてフランスからの独立運動において重要な役割を果たしました。1946年にはベトナム軍総指揮官に任命され、第1次インドシナ戦争、ディエンビエンフーの戦いにおいて采配を行い、フランスからの独立に大きく貢献しました。
彼の軍事的才能は対米戦争においても発揮され、アメリカに最後まで抵抗。結果、ベトナム社会主義共和国という一つの統一国家が誕生したのでした。
「私は常に国家のために生きている。党と政府には革命戦士たちの功労を忘れないようにしてもらいたい。今ある国家は、あの年、ディエンビエンフーで散って行った戦士たちの血と骨の犠牲の上に成り立っているのだ」
『赤いナポレオン』と呼ばれたザップ大将はしかし、戦後は軍人としても、政治家としても不遇な時期がありました。それでも国民は彼の戦績と功労を忘れることなく、ベトナムの英雄を慕い続けていたのです。
3日前の10月4日、103歳(満年齢では102歳)でザップ大将はこの世を去りました。今はホー・チ・ミン氏との再会を喜び、尽きない話をしているところではないでしょうか。戦いの多かった人生とは裏腹に、柔和な笑顔が印象的な男性でした。
このザップ大将の訃報はベトナム政府の公式発表よりもBBCなどの海外メディアがいち早く報道したため、海外在住のベトナム人やネットユーザーによって瞬く間に世界中に広まりました。
Hoang Dieu通り30番地にある彼の邸宅には献花に訪れる人が後を絶たず、悲しみのあまりに涙を流す人もおり、また古いバイクで山岳地方からやってきたモン族の方もいたとか。献花の受け付けは18時までなのですが、その時間を過ぎてもなお、献花に訪れる人は途切れることがなかったそうです。テレビでもザップ大将の追悼番組が放映され、多くの国民の涙を誘いました。
さて、ザップ大将の葬儀(国葬)はTrần Thánh Tôngの5番地で執り行われます。
葬儀及び追悼式は今月12日と13日の2日間、朝7時半より行われ、故人の遺志により、遺体は故郷クアンビンに埋葬されます。
これに伴い、国民全体が喪に服すため、官公庁等は半旗を掲げ、さらに葬儀の準備と国葬が行われる10月11日から3日間はエンタメ系の興業はすべて休みになります。
(私が見た公式発表では12,13日の2日間のみでしたが、11日も休みになるそうな)
水上人形劇なども例外なく休演となりますので、みなさんご注意ください。
また葬儀会場周辺の混雑が予想されますので、こちらも注意が必要です。
ベトナムの近代史はまさに戦いの歴史。つい40年前まで戦争をやっていた国なので、いまだに多くの人々が、何らかの形で自身の戦後を抱えています。
そして、ひとつの戦後が終わったのでした。