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ハノイのはちへお。

from Hanoi, Vietnam

四つ角のビアホイ。

2009年、私たちの青春はタヒエン通り(phố Tạ Hiện)にありました。


タヒエン通りとルォン・ゴック・クイェン通り(phố Lương Ngọc Quyến)の交差点は、夕方以降、この交差点を囲む4つの店がそれぞれビールやつまみを売っていて、外国人やベトナム人が、プラスチックの「お風呂椅子」に座り、やはりプラスチック椅子をテーブル代わりにしながら、財布の具合によって瓶ビールやビアホイをあおっていた。

当時私はまだ日本語教師をやっていて、同僚の先生2人とよく飲みに行っていました。1人は大学の後輩で、もう1人は現在の夫。当時はその後の人生がどう転がるかなんてわからずに、ただ安いビアホイを飲みながら、3人一緒に笑っていたのです。

 

その後、夫は転職し、後輩は日本に帰り、私はハノイで何だかんだあって、3人で飲むことはなくなりました。

時は経ち、数年後、私は夫と結婚し、後輩は再びベトナムで働き始め、一昨年ホーチミンで再会し、そしてさらにそれから1年以上経った先週の日曜に、3人でまたタヒエンで飲むことになったのでした。

ビアホイ3杯に、ネムチュアザン(nêm chua rán:酸味のあるソーセージを揚げたもの)を注文する。いつも行っていた店は閉まってしまったので、いつもと違う店だけど、タヒエンの交差点であるのには変わりがないし、椅子もテーブルも、かつて使ったあの高さのままで、懐かしい。こうやって、この高さから道行く人、シクロ、自転車、バイクを眺めているだけで、心が躍るのが分かります。

 

しかし、一方で、一口すすったビアホイの味は、驚き以外のなにものでもありませんでした。まっず。

 

ビールのような顔をして、ビールではない。昔、「ビアホイ(bia hơi)」の意味について、「"hơi"はベトナム語で『少し』だから、『ほんのちょっとビール』ってことじゃない?」なんて笑ったものでしたが(実際は『ビアホール』がベトナム語なまりになったものじゃないか、とのことです)、「ちょっと」どころではなく、本当にものすごい偽物感です。炭酸が苦手な私は、だからこそこのガスの抜けきった飲み物を、それなりに飲んでいたものですが、いやあ…無理。これはもう無理。

分かってはいたのです。きっともう、飲めたものではないだろうということは。舌というものは変化しますし、何より今の私たちには、当時よりももっと多くの選択肢がある。無理してまずいものを飲まずとも、ハノイビールだってタイガービールだって、ヒューガルデンだって、満足いく量を飲めるだけのものは持っている。だけど、その瓶の中に、「思い出」はないのです。私たちの思い出は、透明なガラスコップに注がれた、わずかに黄色い飲み物の中に溶けているのです。だから、この3人で飲むのはビアホイ以外にありえませんでした。しかし、思い出の美しさだけでは、到底カバーできないものがある、ということを、私は知ってしまった。大人になるってやつは、苦いなあ。

 

それでも、あのお風呂椅子の高さから見る景色は、相変わらず私を魅了しましたし、道を吹く風も優しかった。ネムチュアザンのジャンキーさは私の手を止めることがありませんでした。飲むものは変わるかもしれないけれども、「あの3人でまた見たい景色」はきっとこれからも変わらないと、それだけは確信しています。