メトロバスの罠と米への渇望
この一杯の親子丼へ到達するまでの話を聞いてほしい。
国旗の降納を観終わって、私たちはある場所に向かうことにしました。
米を食べるために。
もう限界だったのです。
私たちはトウモロコシにも小麦粉にも飽きていた。
メキシカンフードに慣れていない、来て2週間の私はもちろん、Tちゃんもものすごく飢えていた。
最初に「お米食べたい」と言ったのは私で、「私も!」と言ってお店を探しながら楽しみにしていたのはTちゃん。
物価の高いカンクンで生活する彼女。何しろ彼の地は唐揚げ定食が30USDもするのです。そうそう滅多に食べられるもんではありません。
中華はあるけど、中華でごまかせない欲望ってのがあるじゃないですか。そもそもこのときのTちゃんの思いといえば、欲望を通り越して渇望だった。私と違って、彼女は日本に帰るわけではない。それはもう切実な思いだったのです。
ケレタロにいるときに2人で相談して、彼女の持っていた『地球の歩き方』に載っていた、リーズナブルな某和食料理店に行くことにしました。
そのお店へ行くにはメトロバスがアクセス的に便利なようでした。
メトロバスとは2005年7月に運航を開始した連節バスで、普通のバスとは違い専用レーンを走ります。地下鉄の通っていない地域もカバーしており、タクシーや一般のバスに比べて安全性も高い。
現在運行している4路線のうち、今回私たちが乗るのはメキシコシティを南北に貫くインスルヘンテス通りを走る1号線。
まずは地下鉄でRevolución駅まで出て、インスルヘンテス通りからメトロバスに乗ります…
で、まずインスルヘンテス通りがどこか分からず迷う。
Revolución駅の付近には、私の記憶が確かなら1号線、2号線、4号線が走っていたんですが、2号線と4号線が同じレーンを使っているのに対し、1号線は違うレーンを走るため、たまたま目に付いた2・4号線を見てそちらに行ってしまった私たちは、『歩き方』の地図に今いる道の名前が表記されてなかったのもあって、完全に迷ってしまったのです。
読めない地図を必死に読もうとするうちに、時間だけが過ぎていく。
結局、銀行の入り口に座り込んでいた女性(ホームレスではない)に方向を聞き、何とかインスルヘンテス通りに到着。メトロバスの駅名もRevoluciónです。
メトロバスはまずICOCAやSUICAのような磁気カードを購入し、そこにチャージしていく形になります。
チャージは最低15ペソ。
他の乗客がやっているのを観察してから、私たちもカード購入にトライ。
まずはTちゃんがカードを購入。小銭の無かったTちゃん、100ペソを機械に投入。
…おつりが出てこない…!!!!
あちゃーこれ投入金額がそのままチャージされちゃうんだね…
私は残り少ない小銭のうち20ペソを入れて(1回の乗車で5ペソ)カードを買い、意気揚々と改札を、
通れない!!!!!
ええーおかしいおかしい!!磁気異常?!
見かねた係員がやってきて、カード貸してごらん、というので渡す。
機械にカードをかざす係員。そして、そこに出てきた数字を見て一言。「チャージしないとダメだよ」
…はい?!
Tちゃん100ペソ入れたし!あたし20ペソ入れたし!どういうことよ!と抗議するも、係員は「チャージしないと通れないよー」の一点張り。
どうやら最初は空のカードを購入し、改めてチャージを行わないと使えないということらしい。
でもこれじゃあTちゃんがあまりにも報われない。
しかし係員は「カード返却という形で返金はできるけど、Buenavista駅まで行かないとできない」と言う。
またこのBuenavistaまでが遠い遠い…メトロバスなら2駅だけど、そもそもそのメトロバスに乗れないから、歩くしかないわけで、それは無理。
すると、呆然とする私たちに声をかけてきた青年がひとり。
「どうしたの?使い方が分からないの?」と聞いてきたので、事情を説明するTちゃん、そして若干引く私。
なぜならその青年って言うのが今から10年前のエミネムみたいなビジュアルで、しかも鼻に何重にも絆創膏を貼っていたからー!!
やだこの人見かけがやばいーーーー!これ絶対あとでチップ要求してくるつもりっしょ!!
Tちゃんも「うわっ…」と思ったそうだけど、しかしもう彼に答えてしまったのだから後の祭り。
事情を聞いて、「まあとりあえずチャージするしかないよ。おいで、やり方を教えてあげるから」と券売機までスタスタ行く青年。
機械の使い方を私のカードを使いながら説明し、改札にある機械にかざしてチャージされているのを確認。「この1枚のカードで2人通れるから」(1人が通って、改札の向こうから残りの1人に渡す。降車時はカードをかざす必要がないのでこれでOK。カードの無いサラリーマンが通りすがりの女性に声をかけ、5ペソ払って女性のカードで改札通ってたのも見た)と言い、私たち2人が無事に改札を通ったのを見届けたところで、「OK、じゃっ」と去って行った
…っておいおいおいーーーー!!!
お兄ちゃんただのいい人やったんかーーーーー!!!
見知らぬ外国人の為に、100%の親切心で声をかけてきたお兄ちゃんに、私は、私は…!!!
ともかく、私たちは無事にメトロバスに乗り込んだ。目的のお店までまだ結構あります。
実はこの日昼食をとってなかった私たち。
無言。お兄ちゃんの話をひとしきりしたあと、無言。
沈黙が苦手な私、「あ、Tちゃん地球の歩き方見してー」とTちゃんの『歩き方』をパラパラ見てた。
衝撃の事実発覚。
定休日。
その事実を告げた時のTちゃんの顔は、今だから言うけど、今まで見たことのない表情でした。コワカッタ
その後どういう話をしたのか覚えてないのですが、とにかく戻ろうか、ということに。
だって日本食が食べられないならそんなシティの南なんて行っても仕方ないもん。
呆然としたまま、戻りのバスに乗って窓の外を見つめる私。
Tちゃんがふと、「…今の駅ってなんていう駅だった?」と聞いてきた。
「えー見てへんかったなあ」という私に、Tちゃんは。
「Hamburgoって言う駅の近くに、和食があるよ!まだHamburgoを過ぎてなかったら、ここに行きたい!」
私は、彼女がここまで「〜したい!」と強く言うのを初めてみました。和食の魔力を実感した瞬間。ていうか、彼女はもうカンクンを出た方がいいと思う。
ここで神が味方したのか、なんとその話をした直後に停まった駅がHanburgoでした。
駅から徒歩10分かな、ようやくたどり着いたお店が『東京』。
空腹も限界を超えていた私、これでまずかったら店燃やすぞ…と思ってましたが、お茶も親子丼もおいしかったです。二人ともニコニコしてました。
食べ終わったころはもう9時過ぎてたかなあ、でもメトロバスも地下鉄も何のトラブルもなく乗れて無事に帰りました。メキシコ、治安がいいのか悪いのか。
これが件のメトロバスのカードの表と裏(リファンドせずに持って帰ってきた)
値段はあなたが券売機に入れた金額です。あー恐ろしい…
あれ、結局Tちゃんはカードどうしたんだろう?